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僧帽筋中部・下部線維の解剖学
僧帽筋は、上部線維・中部線維・下部線維の3つの線維に分かれており、それぞれ付着部が違ってきます。
僧帽筋中部線維・下部線維(Middle / Lower Trapezius Muscle)は、C7〜Th12の棘突起・棘上靭帯から起始し、肩甲骨内側縁・肩峰に付着する筋肉です。
・中部線維:C7(Th1)〜Th3(Th4)棘突起・棘上靭帯〜肩峰内側
・下部線維:Th4〜Th12棘突起・棘上靭帯〜肩甲骨棘
副神経・頸神経叢によって支配され、運動は副神経、痛覚・固有感覚・位置覚はC3/4腹側枝による影響を受けています。
僧帽筋は頸部後面から胸背部にかけて広範囲に付着している表層筋であり、頭部・頸椎・胸椎・鎖骨・肩甲骨に付着していることから上半身のバランスを取るためには重要な筋肉であると考えられます。
慢性的なストレスや不安を感じている人の多くは、僧帽筋の活動が低下していることが多く見受けられます。肩・首周りの過度な緊張・重だるさ・痛みなどが生じている場合、僧帽筋の機能が影響している可能性が高いです。
僧帽筋中部・下部線維の機能
僧帽筋中下部の主な機能は、胸郭に対する肩甲骨の上方回旋・内転・下制・後傾・外旋・後退(リトラクション)の動きになります。
この動作は、胸郭が固定された状態における肩甲骨の動きになりますので、この逆である『肩甲骨が固定された状態における胸郭の動き』も機能としては存在すると考えます。つまり、胸椎棘突起を同側へ側方移動させて、胸椎を反対側へ回旋させる機能ということです。
例えば、上肢を前方にリーチさせて壁に手をついた状態にして、胸部を反対側へ回旋させると、肩甲骨-胸椎間で筋の収縮を感じられるかもしれません。(感じられない方は、普段から僧帽筋中下部の機能不全もあるのでは…?)この動きはOKCに限らずCKCの状態でも行うことは可能ですので、あらゆる場面で行われていることだと考えています。
その他には、安静時・動作時に肩甲骨を胸郭に押し付け肩甲骨を安定させる機能を有します。特に上肢挙上からの下降動作時に、胸郭(肋骨)に対して肩甲骨を圧縮させ安定させる機能を有しています。
また、前鋸筋と連動して肩甲骨上方回旋を維持し、頭上への動作を可能にしています。特に、上肢挙上30〜120度における肩甲骨上方回旋は、前鋸筋とのフォースカップルによって達成されます。挙上120度以降は肩甲骨後傾・外旋に作用して、僧帽筋上部・肩甲挙筋の肩甲骨挙上作用に拮抗しながら(肩甲骨下制の作用)活動しています。
・胸椎棘突起の同側側方移動
・胸椎の反対側回旋
・肩甲骨の安定化機能
『肩甲胸郭関節の安定化 ≒ 僧帽筋中下部』というくらい重要な筋肉ではありますが、機能不全に陥っているケースは非常に多いと考えられます。
既に機能不全となっている場合、単に僧帽筋中下部をトレーニングしようとしても上手くいかないでしょう。僧帽筋は、頭部・頸椎・胸椎・鎖骨・肩甲骨に付着部を有しているため、これらのアライメントや前鋸筋とのフォースカップルに問題が生じているために、僧帽筋中下部の機能を発揮できない状況にあると考えられます。
そのため、今回の記事では、僧帽機中下部の筋出力低下・機能不全が生じてしまう原因を考え、介入時に気をつけるべきポイントをまとめていきます。
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肩甲骨のアライメント
僧帽筋中下部が適切な機能を発揮するためには、肩甲骨のアライメントが非常に大切です。
肩甲骨が外転位・前傾位・内旋位になってしまう方は臨床上比較的多い印象がありますが、この肩甲骨のアライメントでは僧帽筋中下部は伸張された位置になりますので、適切な機能を発揮するには不利になります。(筋の長さ張力曲線の関係)
もちろん下方回旋位、挙上位でも同様に、機能を発揮するには不利な状況であることが言えます。
特に、肩甲骨内旋が大きく影響してくると考えています。肩甲骨内旋という動きに馴染みがない方もいるかもしれませんが、解剖学的正中位から肩甲骨関節窩が前方を向き、肩甲骨内側縁が後方に向くような動きになります。
下記では肩甲骨内旋に絞ってまとめていきます。この考え方を応用していただければ、他の肩甲骨アライメントの状況でも容易に解釈することが可能だと思います。
僧帽筋中下部の活動を促すための肩甲骨の考慮点
肩甲骨内旋は、いわゆる翼状肩甲骨(wInging)の状態といっても良いでしょう。後方から見た時に内側縁が浮き上がっているように見え、側方絡みた時には上腕骨が前方に位置しているため、肩が丸くなっているように見えます。
想像しただけでもこのアライメントは良くないを感じていただけるかもしれませんが、この状態から「僧帽筋中下部を活動させて肩甲骨を内転しましょう」、「外旋や後傾をさせましょう」というのは多少無理があるかなと私は考えます。
エクササイズを実施して、一見上手に動けているように見えても、“実は全然違う部分に力が入っていた”・“僧帽筋中下部の活動を感じられない”なんてことは結構起こり得ることです。
肩甲骨内旋のアライメントになってしまう原因は、呼吸や胸郭のアライメント、環境的要因、心理的要因など様々なことが考えられます。その方の身体機能だけではなく、生活を取り巻くものを包括的に把握する必要があるかもしれません。胸郭のアライメントに関しては後述します。
肩甲骨内旋のアライメントを改善するために重要な筋は前鋸筋です。まずは肩甲骨を外旋させて、胸郭に対して肩甲骨を安定させるような、前鋸筋の活動を促すエクササイズから実施した方が良いケースが多くあります。この時、ただ単にリーチ動作をするのではなく、胸郭のアライメントを考慮して介入した方が良いでしょう。
前鋸筋も機能不全が生じやすい筋ではあります。前鋸筋の機能不全が生じてしまう原因や介入時に気をつけるべきポイントを解説している記事もありますので、ぜひご参照いただければ幸いです。
その上で肩甲骨をリトラクションさせるようなエクササイズを実施していくのですが、この時に活動してしまいやすいのは広背筋や脊柱起立筋になります。肩甲骨リトラクションの動作を、胸郭を伸展・回旋させるような動作で代償してしまう可能性があります。エクササイズ時に肩甲骨内側領域・胸郭下部後面での筋活動を感じている場合でも、肩甲骨のアライメントを確認すると肩甲骨が内旋していることがありますので注意が必要です。この場合は、まず広背筋や脊柱起立筋の活動を抑制することが必要になります。
広背筋に関しては短縮・過緊張が生じてしまう要因をまとめた記事がありますので、そちらも併せてご参照いただければ幸いです。
そもそも、胸筋群(特に小胸筋)の緊張・短縮が生じてしまっている場合、上記の内容で進められないこともあります。胸筋群の硬さがあることで、肩甲骨が外旋・後傾方向へ動く余裕がなくなってしまいます。この部分のチェックは事前にしておくこと、あるいはエクササイズ時に同時並行で介入していく必要があると考えています。
胸郭のアライメント
僧帽筋中下部のエクササイズを実施するにあたり、胸郭のアライメントを考慮する必要があります。
肩甲骨の動きの土台となるのは胸郭であり、僧帽筋中下部は肩甲骨だけでなく胸椎にも付着します。肩甲骨の動きを引き出したいのであれば、まずは胸郭・胸椎の状態をコントロールすることで、僧帽筋中下部が活動しやすい位置にすることが大切です。
胸郭の回旋と側屈
付着部同士を近づければ筋の活動は感じられやすくなりますので、僧帽筋中下部のエクササイズをする時には、胸椎を反対側へ回旋・側屈させることも考慮するべきポイントになります。
胸椎棘突起は回旋と反対方向へ側方移動していきます。側屈も同様に反対方向へ側方移動するため、右側の僧帽筋中下部の活動を促したいのであれば、左回旋・左側屈させると良いということです。この胸郭のアライメントを考慮した上で、肩甲骨をリトラクションさせるようなエクササイズを実施するのが良いでしょう。
さらに言えば、胸椎は伸展位だと椎間関節が閉まり回旋可動性が制限されることも考えられますので、胸椎は屈曲位の方が回旋させやすいと考えられます。ただし、胸椎を伸展させる方が良いケースもあります。胸椎が伸展することで肋骨は後方回旋・外旋するので、肩甲骨はリトラクションされた位置になりやすく、肩甲骨を動かした際に僧帽筋中下部の活動を感じられやすい可能性があります。
胸椎を屈曲位にするのか、あるいは伸展位にするのかは使い分ける必要があると考えています。対象となる方の動作パターンを考慮し、どのような方針で改善していきたいのかによるため、色々なケースがあると思います。胸郭伸展・回旋で行うと、脊柱起立筋や広背筋の代償が強く入ってしまうことが多いため、個人的には胸郭を屈曲・回旋させた位置からスタートすることが多いと考えています。
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リーチ動作との組み合わせ
片側の肩甲骨リトラクションのエクササイズ時に、反対側の上肢のリーチ動作を組み合わせることも効果的です。
『肩甲骨リトラクション=水平面上でのプル動作』・『前方リーチ=水平面上でのプッシュ動作』になるため、プッシュ+プル動作ということです。
リーチ・プッシュ動作と組み合わせて行うことを考えると、先程の胸郭屈曲・伸展どちらが良いのかという話では、やはり屈曲位の方が効果的かと考えます。(上肢の前方リーチ=肩甲骨のプロトラクション=胸郭のリトラクション)
ただスポーツ動作・競技特異的に考えると、伸展位でも行う必要があるかもしれません。スポーツ動作に可能な限り似せた方が効果的だと考える方もおられるかもしれませんが、どこに焦点を当てるかの違いによります。私がここでまとめている内容は、主に姿勢・動作と筋機能・知覚を統合することにあるため、スポーツ動作に寄せることを重要視していません。動作の質・主観的感覚を変化させることで、それが競技動作に波及することが考えられます。
まとめ
肩甲骨のアライメントは、胸郭のアライメントに影響を受けます。
そのため、まずは胸郭のアライメントを考慮するべきであり、それを踏まえて肩甲骨のアライメントを考えていくと良いと思います。
胸郭も矢状面・前額面・水平面の3平面で多様に動作が可能であり、その分代償が生じやすいため、難易度の設定には注意が必要となります。また、腰椎・骨盤帯の安定性も胸郭には影響するため、見るべきポイントは広くもっておくことが重要です。
僧帽筋中下部のエクササイズは多数存在しますが、どのような姿勢で、どのような動作を行うのか、現在の身体機能を踏まえた上で考えることは難しい反面、非常に興味深い内容であると感じています。
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参考文献
- Jared Ourieff, Brent Scheckel, Amit Agarwal., Anatomy, Back, Trapezius, 2021
- Andreas Christos Panagiotopoulos, Ian Martyn Crowther, Scapular Dyskinesia, the forgotten culprit of shoulder pain and how to rehabilitate, A.C. Panagiotopoulos and I.M. Crowther: SICOT-J 2019, 5, 29
- Donald A. Neumanna, Paula R. Camargob , Kinesiologic considerations for targeting activation of scapulothoracic muscles – part 1: serratus anterior, Brazilian Journal of Physical Therapy 2019;23(6):459-466
- W Ben Kibler, Aaron Sciascia, Current concepts: scapular dyskinesis, Br J Sports Med 2010;44:300–305. doi:10.1136/bjsm.2009.058834
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