母指屈曲動作が困難であった症例に対し胸郭・肩甲帯からのアプローチが有効であったことの考察

母指屈曲機能不全の症例:姿勢・運動連鎖と筋連結に着目 介入方法

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症例

今回は、母指の屈曲機能不全が存在する症例に対し、胸郭・肩甲帯からのアプローチにより劇的に改善された経験をもとに、姿勢・運動連鎖と筋連結の2つの視点から考察していきます。

個人が特定される内容は控えさせていただきますので、症状とその介入による結果のみの掲載となります。

症状をまとめていきます。

症状

  1. 母指を自動屈曲不能
  2. たまに力を入れすぎると屈曲してしまい、この時は痛みを伴う
  3. 屈曲位から自動伸展できない
  4. 屈曲位から他動伸展でも痛みを伴う
  5. 疼痛は屈筋腱に生じる

日常生活で手指を使う動作が困難で、『母指を屈曲することができない』『一度屈曲すると伸展することができない』といった訴えがありました。また、このような運動時には母指基節骨の掌側に痛みが生じていました。

アライメントは母指CM関節内転位で、この部分においては軽度亜脱臼状態で変形している状態でした。

母指外転、前腕回外・手関節背屈には可動域制限が生じていました。母指の他動屈曲・伸展では、可動域制限は特に見られないため、関節由来の制限ではなく筋・腱の機能不全だと考えられました。

長母指屈筋・長母指伸筋の筋緊張は増加しており、前腕は全体的に筋緊張が高い傾向にありました。
母指基節骨レベルで母指屈筋腱に圧痛がありました。

母指・前腕への介入

まずは、母指の屈曲・伸展機能を改善するために、前腕・手関節の可動域制限の部分から介入しました。

その後、母指球筋・母指屈筋・母指伸筋の筋機能改善を目的に、マッサージや収縮エクササイズを実施しました。

これらのアプローチによって、母指MP・CM関節を固定した上で、IP関節のみを屈曲させることは可能となりましたが、可動域は完全ではなく部分的に行うことができるレベルでした。
また、固定がない状態であると屈曲することはできないままでした。

前腕伸筋群・手関節母指伸筋群の筋緊張を緩和させると全く屈曲できなくなり、反対に屈筋群の筋緊張を緩和させることで屈曲動作を行うことができるという介入結果でした。
また、前腕伸筋群の活動を促しても、そこまで症状が変わることはありませんでした。

これだけでは改善されないことを考慮すると、母指・前腕のみの問題ではなく、他部位からの筋・筋膜の影響があると考えました。

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胸郭前面への介入

肘関節には大きな問題はなかったため、肩関節および胸郭・肩甲帯の評価を行いました。

胸郭の前面においては、前胸部・三角筋・上腕二頭筋の筋緊張が高く、上位肋骨の可動性も制限がありました。

そのため、胸郭前面へのアプローチを実施し、セルフストレチもご紹介しました。

複数回の介入によって、日によって変化があるものの母指屈曲が可能となる日も出てきました。
しかし、母指屈曲・伸展時にスナッピングが生じてしまい、それに痛みも伴う状態となりました。

胸郭後面への介入

胸郭前面の問題に対し介入を行なった結果、徐々に改善されていきましたがある一定のところで頭打ちになりました。

そこで、胸郭後面への介入を行いました。
上位〜中位における胸椎椎間関節の可動性は乏しく、胸部起立筋・菱形筋・棘下筋には強い圧痛所見がありました。

まずは、胸部起立筋・菱形筋の筋機能改善を目的に介入を行なった結果、母指屈曲が安定して行えるようになり、スナッピングも起こりはするものの軽度、痛みも半減する結果となりました。

その後、胸郭回旋(僧帽筋を使用する)のエクササイズを行ったところ、スナッピングはほぼ消失、痛みもほとんど感じないというレベルにまで改善されました。
この介入により、即時的かつ持続的に症状は改善されました。

今回の症例を、2つの視点から考察していきます。

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考察①

身体部位の相互依存 (Regional Interdependence)という言葉を知っている方は、ここを読み飛ばしていただければと思います。

身体部位の相互依存性のコンセプトでは、身体の1つの部位の機能は、他の部位の機能に依存するということになります。

つまり、ある傷害(障害)には症状を発している”結果”となる部分と、その症状の”原因”となっている部分があるということです。

今回の症例では、硬い胸椎・肩甲帯周囲筋の機能不全・前胸部の短縮が存在しているため、肩甲帯のコントロール機能が低下しており、それを代償するために前腕・手部の筋を過緊張させてしまうことが母指に影響していたと考えられます。

母指の機能と周囲の筋、そして肩関節・肩甲帯・胸郭への関係を考えていきます。

この症例は、母指CM関節の変形が存在しているため、母指内転位での長年の過用が影響していると考えられます。
母指は他の4指と対立して機能する必要がありますが、内転位に保持されてしまうと母指の機能を適切に利用することができなくなってしまいます。

手にもアーチが存在しており、母指球筋と小指球筋が重要となります。これらの筋は、屈筋支帯と接続を持ち、手部・手関節を安定させる役割を持っています。
母指球筋のうち主に母指内転筋に頼ってしまうような、日常生活や労作業でのストレスが長期にわたり継続することで、変形に繋がっていくと考えられます。

しかし、母指や前腕への介入だけでは改善されなかったことから、これだけが問題でないと考えられます。
母指が内転位になってしまうことで、母指対立筋の筋機能低下も同時に引き起こすため、さらに屈筋支帯の機能低下を引き起こしてしまい、それを代償しようと前腕屈筋群を過緊張にさせてしまうと考えられます。

そうなると前腕は回内位になり、肩関節・肩甲帯は外転位となってしまう傾向にあります。
前胸部の筋は短縮してしまい、肩甲帯周囲筋の機能不全、胸椎は過屈曲になるでしょう。

これは母指を起点に考察しましたが、日常生活や労作業において胸椎の過後弯・肩甲骨外転位の姿勢を長時間とることで、先ほどとは反対のメカニズムで母指に影響を及ぼすことも考えられます。

これは、『卵が先か、鶏が先か』という話になってしまいますが、今回の介入アプローチの結果からは、原因は日常生活や労作業において胸椎の過後弯・肩甲骨外転位の姿勢保持が影響していることが考えられます。

考察②

先ほどは姿勢・動作ベースで考察しましたが、ここでは筋連結で考察していきます。

アナトミートレインにおけるアームライン(Arm Line:AL)を参照しています。

DFAL

Deep Front Arm Line(DFAL)

母指球筋-橈骨骨膜-上腕二頭筋-小胸筋

母指球筋は、上腕二頭筋・小胸筋と接続していきます。

小胸筋・上腕二頭筋の過緊張・短縮が存在しているため、母指球筋の筋機能低下を引き起こすことが考えられます。
そのため、前胸部・胸郭のストレッチを実施することで、若干程度の症状緩和に繋がったと考えられます。

しかし、今回は胸郭後面への介入によって劇的に改善されたため、違うラインでの考察が必要です。

DBAL

Deep Back Arm Line(DBAL)

小指球筋-尺骨骨膜-上腕三頭筋-回旋筋腱板-菱形筋-肩甲挙筋

小指球筋は屈筋支帯を介して母指球筋と関係しているため、このアームラインに問題が生じていると考えられました。

後面では特に、菱形筋・棘下筋の筋機能に問題が生じていたため、これに介入をすることで母指球筋・小指球筋のインバランスが改善されたのではないかと考えられます。
(これは少し強引かもしれません。。。)

SBAL

Superficial Back Arm Line(SBAL)

僧帽筋-三角筋-外側筋間中隔-手根伸筋群

SBALはDFAL・DBALと交叉し接続しているため、このアームラインも関係していると考えられます。

肩甲帯周囲に着目すると、僧帽筋を賦活するようなエクササイズにより前胸部とのインバランスが改善され、DFALの機能改善に繋がったことが考えられます。
前腕部分に着目すると、屈筋群・伸筋群のインバランスが改善され、前腕・手部の機能向上により母指屈筋・腱の機能を改善させたことが考えられます。

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まとめ

今回は、母指と胸郭・肩甲帯の姿勢・動作の繋がりと、筋の繋がりに対して2つ考察させていただきました。

最近たまたま母指の疾患に出くわす機会が多く、母指だけというよりも肩関節・肩甲帯・胸郭へ同時に介入することが機能改善を促進すると感じています。

これに当てはまる方もいればそうでない方もいて、症状の原因は多様だとヒシヒシと感じています。

『こんな介入方法がある!』『この考察は微妙だ!』など皆様のご意見・ご感想をお聞きしたいので、お問い合わせよりご連絡頂けますと幸いです。

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