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腕神経叢障害
腕神経叢(brachial plexus)は、脊髄神経から分岐し頭・首・上肢のうちに鎖骨・上腕・前腕・手へ繋がります。
腕神経叢は、脊髄副神経が支配する僧帽筋と、肋間神経が支配する腋窩付近の皮膚の2つの例外を除いて、上肢全体の皮膚および筋肉の神経を支配しています。
この腕神経叢が損傷してしまうと、上肢の痺れなどの感覚障害、肩・肘・手指の運動障害が引き起こされます。また、Th1(第一胸神経)も含んでいるため、自律神経症状を引き起こす可能性があります。
腕神経叢のどの部位が、どの程度損傷されるかにより、症状は変わってきます。
肩の挙上と肘屈曲ができないものから肩から上肢全体が全く動かないもの、前腕・手指の変形など、外傷後徐々に軽快するものから全く回復しないものまで多様です。
今回の記事では、腕神経叢障害の原因と上位型(Duchenne-Erb型)と下位型(Dejerine-Klumpke型)の特徴と分類を解説していきます。
腕神経叢損傷の要因
腕神経叢損傷の要因はさまざまです。
交通事故(特にオートバイ事故)、コンタクトスポーツ、オーバーヘッドスポーツ、転倒などの外傷により生じます。
その他に特徴的な要因が、分娩時に新生児に対して加わる腕神経叢の牽引力です。これを分娩麻痺と呼びますが、頭部と肩甲骨が引き離されるような外力が加わることで神経根が損傷し発生します。
これ以外に腫瘍や放射線障害、神経痛性筋萎縮症などで腕神経叢麻痺を起こすこともあります。
※神経痛性筋萎縮症
肩周囲・上腕の急性の激痛に続いて、上肢の筋萎縮をきたす疾患の総称のことです。外傷や手術、妊娠・出産、先行感染・ワクチン接種などが誘因になることがあり、原因としては自己免疫性炎症、血管炎による虚血などが考えられています。
- 交通事故
- コンタクトスポーツ
- オーバーヘッドスポーツ
- 転倒受傷
- 分娩時
- 腫瘍
- 神経痛性筋萎縮症
腕神経叢に対する牽引力・衝撃力
腕神経叢に牽引力や圧迫力が加わることで損傷が生じる可能性があります。
また、牽引力には2つの負荷のかかり方が存在します。
交通事故やコンタクトスポーツなどでは、頭頸部と肩・肩甲帯が引き離される様な牽引力が加わることで症状が引き起こされます。これは、C5,6神経が損傷されるため、上位型(Duchenne-Erb型)として考えられます。
転倒やオーバーヘッドスポーツなどでは、上肢挙上位にて腕と胸の角度が広がる様な上方への牽引力が加わることで症状が引き起こされます。これは、C8,T1神経が損傷されるため、下位型(Dejerine-Klumpke型)として考えられます。
そして、頸部・肩への大きな衝撃は、腕神経叢の損傷を引き起こす可能性があります。
衝撃の強さに応じて、腕神経叢のすべての神経に病変が発生する可能性があります。衝撃の場所も損傷の重症度に影響を及ぼし、場所によっては腕神経叢の神経が破裂または剥離する可能性があります。腕神経叢の損傷に影響を与える衝撃として、肩関節脱臼、鎖骨骨折、上肢の過伸展などが考えられます。
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上位型(Duchenne-Erb型)
腕神経叢損傷の上位型(Duchenne-Erb型)は、頭頸部と肩・肩甲帯が引き離される様な牽引力が加わることで症状が引き起こされます。
これに関与する神経根はC5・6であり、腋窩神経・筋皮神経・肩甲上神経が影響を受けます。
これらの神経に支配されている三角筋・小円筋、上腕二頭筋、棘上筋・棘下筋の機能低下が生じ、肩関節外転&外旋・肘関節屈曲・前腕回外・手関節背屈に問題が生じます。
- 腋窩神経:三角筋・小円筋
- 筋皮神経:上腕二頭筋
- 肩甲上神経:棘上筋・棘下筋
症状の特徴
上記に伴い、肩関節下垂(内転)&内旋・肘関節伸展・前腕回内位になります。
この状態を『Waiter’s Tip Deformity』といい、Erb(エルブ)型麻痺の特徴的な症状の一つです。
さらに、筋皮神経の枝は外側前腕皮神経へと接続するため、前腕外側に感覚障害(感覚の喪失)を伴います。
C5・6支配に関係するその他の筋として、前鋸筋や菱形筋が挙げられます。損傷が重度の場合、これらの筋機能低下が引き起こされ、肩甲骨の前突(前方突出)・後退の動きに影響が及ぶ可能性も考えられます。
- 腋窩神経・筋皮神経・肩甲上神経に問題が生じる
- Waiter’s Tip Deformity
- 前腕外側の感覚障害
コンタクトスポーツにおいては、頭部や肩への外力により、頭頸部と肩・肩甲帯が引き離される様な牽引力が加わることで生じる可能性があります。
その他のスポーツとして、卓球やテニスでも生じる可能性があります。打つ瞬間の一歩手前、いわゆる振りかぶっている時に、頭頸部と肩・肩甲帯が引き離される牽引力が生じます。一回で大きな負荷がかかっているというよりも、小さな負荷が頻回に加わり問題が生じる可能性があります。
肩甲切痕の破格により肩甲上神経の問題が引き起こされる可能性もありますので、それに関してはこちらの記事をご参照ください。
下位型(Dejerine-Klumpke型)
腕神経叢損傷の下位型(Dejerine-Klumpke型)は、上肢挙上位にて腕と胸の角度が広がる様な(過外転位)上方への牽引力が加わることで症状が引き起こされます。
これに関与する神経根はC8・T1であり、正中神経・尺骨神経が影響を受けます。
これらの神経に支配されている円回内筋・方形回内筋・母指球筋、尺側手根屈筋・小指球筋・骨間筋、虫様筋の機能低下が生じ、前腕回内、手関節掌屈、母指・小指の屈曲・内外転、手指内外転、IP関節伸展・MP関節屈曲に問題が生じます。
- 正中神経:円回内筋・方形回内筋・母指球筋
- 尺骨神経:尺側手根屈筋・小指球筋・骨間筋
- 両方の神経:虫様筋
症状の特徴
上記に伴い、前腕回外・手関節背屈・IP関節屈曲・MP関節伸展位にて、手指は内外転が行えなくなります。
この状態を、『Claw Hand(鷲手)』といい、Klumpke(クランプケ)型麻痺の特徴的な症状の一つです。
正中・尺骨神経の影響により、手のひら、前腕内側面の感覚障害が生じる可能性もあります。
- 正中神経・尺骨神経に問題が生じる
- Claw Hand
- 手のひら・上肢内側面の感覚障害
T1は交感神経系と関与しているため、ホルネル症候群(Horner’s Syndrome)を呈します。
ホルネル症候群とは、眼瞼下垂・縮瞳・眼球陥凹・無汗症などの症状を特徴とします。主に片側での症状となることが多いです。
野球やバレーボール、テニス(特にサーブ)、バドミントンなどのオーバーヘッドスポーツでは、上肢過外転位で大きな負荷が繰り返し加わるため、症状を引き起こしやすいと考えられます。
鑑別するべき病態
病態として鑑別する必要があるのが、過外転症候群として知られている『胸郭出口症候群(Thoracic Outlet Syndrome:TOS)』です。鎖骨・第1肋骨の領域にて、腕神経叢だけでなく鎖骨下動脈・静脈の圧迫により症状を引き起こします。
頸肋や第1肋骨の挙上、パンコースト腫瘍(肺がんの一種)、上肢のオーバーユースにより胸郭出口領域が狭小化されるため、神経・血管を圧迫します。
Klumpke(クランプケ)型麻痺の症状、T1の関与に伴うホルネル症候群に加え、鎖骨下動脈の圧迫により上肢への血液供給が乏しくなるため上肢の痛みや痺れ・筋萎縮、鎖骨下静脈の圧迫により上肢からの血液還流が悪化し上肢の浮腫などの症状を引き起こします。
- 鎖骨下動脈:上肢の痛み・痺れ・筋萎縮
- 鎖骨下静脈:上肢の浮腫
Klumpke(クランプケ)型麻痺であれば腕神経叢のみの症状であるため、この様な血管に関連する症状は引き起こされないと考えられます。鑑別するためには、この辺りも念頭に置いておくと良いでしょう。
TOSの症状は、Fibrous Bandにより神経・血管の圧迫・絞扼が生じる可能性があります。このFibrous Bandに関しては、こちらの記事で詳しく解説していますので、ぜひご参照ください。
もう一つ考えられるのは、『ギヨン管症候群(Guyon Canal syndrome, Ulnar Tunnel Syndrome)』です。ほとんど同じ症状を呈するため、MRIやCT、超音波検査による鑑別を行った方が良いと考えられます。
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参考文献
- Raducha JE, Cohen B, Blood T, Katarincic J. A review of brachial plexus birth palsy: Injury and rehabilitation. Rhode Island Medical Journal. 2017 Nov 1;100(11):17-21.
- Ruchelsman DE, Pettrone S, Price AE, Grossman JA. Brachial plexus birth palsy. Bull NYU Hosp Jt Dis. 2009 Jan 1;67:83-9.
- https://www.osmosis.org/learn/Erb-Duchenne_palsy
- https://www.osmosis.org/learn/Klumpke_paralysis
- Erb麻痺・Klumpke麻痺, 河村 由生 ,藤田 之彦, 脊椎脊髄ジャーナル 28巻4号 (2015年4月)
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